2026年3月13日から3月19日にかけて発表されたDX関連ニュースの中から、中小企業経営者の皆様にとって特に重要な5本を厳選してお届けします。製造現場の暗黙知をAIで形式知化する取り組み、大手企業のCTO新設、上場企業のDX推進実態調査、教育分野でのデータ活用、そしてグローバルな製造DXの潮流まで、幅広いテーマを取り上げています。
1. 荏原製作所が製造現場の暗黙知をAIで形式知化するプロジェクトを発足
概要
荏原製作所は2026年3月17日、「知識駆動型DXプロジェクト」を発足し、製造現場における熟練技術者の暗黙知を次世代へ継承する取り組みを本格化させました。同社は2022年から2025年にかけて「EBARA開発ナビ」を開発し、設計プロセスに埋もれていた暗黙知の可視化に成功しています。さらに2025年には「Ebara Brain」を構築しました。独自のLLMとナレッジグラフで構成されるオンプレミス型AIエージェント基盤で、外部通信なしで社内知識を活用できます。技術的な基盤として、東京大学の梅田教授が提唱する「デジタルトリプレット」概念を採用しています。これは従来のデジタルツイン(現実空間とサイバー空間の連携)に「知識空間」を加えた三次元の統合概念です。概念実証では精度85%、リードタイム80%削減という成果を達成しました。また同日、暗黙知継承を専門とする組織「匠和会」も発足し、慶應義塾大学の栗原教授が代表理事に就任しています。
中小企業への影響
少子高齢化により熟練技術者の退職が加速する中、技術やノウハウの継承問題は大企業よりもむしろ中小製造業でより深刻な課題となっています。荏原製作所が取り組むAIによる暗黙知の形式知化手法は、規模は異なれど中小企業でも応用可能な技術です。ただし、デジタルツインと知識空間を融合させるには一定の設備投資が必要となります。すべてを自社で構築することが難しい場合は、外部パートナーとの連携によりコストを分散させる選択肢も考えられます。荏原製作所が目指すエコシステムに参加することで、先端的な知見を得られる機会も生まれるでしょう。重要なのは、自社の製造ノウハウをデータとして蓄積・活用できる形にすることが、将来の競争力の源泉になるという認識を持つことです。
経営者の視点
中小企業の経営者として、熟練者の暗黙知を顕在化させるAIシステムの導入を検討しましょう。ベテラン社員の技術や判断プロセスは、退職前の早い段階でデータ化しておく必要があります。デジタルツインと知識空間を融合させる組織文化の醸成も重要です。オンプレミス型AIの導入により、セキュリティを確保しながらDXを進めることが可能です。ただし、オンプレミス型であっても社内ネットワーク経由の情報漏洩リスクには注意が必要です。形式知化されたデータは時間とともに陳腐化するため、継続的な更新体制の構築が不可欠となります。大学や研究機関との産学連携で最新技術を取り入れる方法も有効です。
参考リンク
ZDNET Japan:荏原製作所、製造現場の暗黙知をAIで形式知化するプロジェクトを発足
2. 丸井グループがCTOを新設しDX推進体制を強化
概要
丸井グループは2026年3月17日、CTO(最高技術責任者)職を新設し、DX推進体制を強化することを発表しました。2026年4月1日付でCTOに就任するのは巣籠悠輔氏です。巣籠氏は東京大学在学中にニュースアプリ「グノシー」やクラウドファンディング「READYFOR」の創業メンバーとして参画した経歴を持ちます。2015年にはヘルステック企業MICINを共同創業し、2024年からはマルイグループ傘下でエポスカードアプリ開発を手掛ける「マルイユナイト」のCTOを務めていました。丸井グループは2022年にデザインファーム「グッドパッチ」と共同出資会社「Muture」を設立するなど、デジタル領域への投資を積極的に進めてきました。今回のCTO設置は、AI関連の専門知識を活用してグループ全体のDXを加速させる狙いがあります。
中小企業への影響
大企業がCTO設置を進める流れは、中小企業にとっても参考になる動きです。AI・デジタル人材の獲得競争が激化する中、中小企業が同等の人材を正社員として採用することは難しくなる可能性があります。しかし、外部からの専門人材登用という選択肢は中小企業でも有効です。フルタイムのCTOを雇用することが難しい場合は、顧問契約や副業人材の活用といった現実的な方法を検討する価値があります。また、スタートアップとの連携を通じてDXに関する知見を獲得するアプローチも考えられます。既存事業とデジタルの統合は企業規模を問わず重要なテーマであり、自社の主力事業とデジタル技術をどう融合させるかを考えることが求められています。
経営者の視点
中小企業経営者が取るべきアクションとして、まずデジタル・AI領域の専門人材確保を経営課題として明確に位置づけることが重要です。社内登用だけでなく、外部からの戦略的採用も視野に入れるべきでしょう。CTO・CDO相当の役割を担う人材を社内に配置し、既存事業とDXのシナジーを生む体制を構築することが求められます。スタートアップや異業種との連携も積極的に模索すべきです。ただし、スタートアップ出身者が既存の意思決定プロセスに適応できないリスクもあります。DX投資のROI(投資対効果)管理が曖昧になりやすい点にも注意が必要です。成果測定指標を設定し、定期的にレビューする仕組みを整えることで、投資の妥当性を継続的に検証していくことが大切です。
参考リンク
日本経済新聞:丸井グループ、最高技術責任者を新設 DXを推進
3. あずさ監査法人が「DX推進サーベイ2026」を発表
概要
KPMGあずさ監査法人は2026年3月18日、上場企業のCDO・CIO等を対象としたDX推進実態調査「DX推進サーベイ2026」の結果を発表しました。調査期間は2025年10月から12月で、有効回答数は246社でした。調査結果によると、DXを推進できていると回答した企業は87%で前回比11ポイント増加しました。一方、「十分に推進できている」と回答した企業はわずか9%にとどまります。AIリスク管理を重点施策と回答した企業は57%で、前回の2倍以上に急増しています。データ基盤の整備状況については、DX先進企業でも59%、DX始動企業では71%が「未整備」と回答しました。人材面ではビジネスアーキテクト(経営戦略とデジタル技術を統合設計できる専門人材)のスキル不足がAI人材不足を上回る結果となりました。
中小企業への影響
上場企業においてもDX推進の課題が山積していることから、リソースが限られる中小企業はより厳しい状況に置かれていると推測されます。特にデータ基盤の整備は、中小企業においても避けて通れない経営課題となっています。既存社員のリスキリング(学び直し)は企業規模を問わず重要なテーマであり、ビジネスとデジタルの両方を理解して橋渡しできる人材の育成・確保が急務です。AI活用を進めるためには、非定型データ(画像、音声、テキストなど構造化されていないデータ)の収集・整理が必要になります。また、ガバナンス体制の構築は企業規模に関係なく求められる課題です。生成AIが普及する中でハルシネーション(AIが根拠なく作り出す不正確な情報)への懸念が高まっています。
経営者の視点
経営者として取り組むべき施策があります。まず、データ基盤整備への投資を優先課題として加速させることが重要です。同時に、ビジネスアーキテクト人材の育成プログラムを社内に導入し、経営戦略とデジタル技術を橋渡しできる人材を育てる必要があります。ガバナンス体制の成熟度を定期的に評価し、改善を続けることも求められます。AI活用に向けては、非定型データや暗黙知の活用方法を検討し、PoCから全社展開への移行計画を具体的に策定することが大切です。AIリスク管理体制を構築し、責任者を明確にすることで、ハルシネーションによる誤った意思決定を防ぐ仕組みを整えましょう。技術導入と並行して管理体制の整備を進めることが肝要です。
参考リンク
KPMGあずさ監査法人:あずさ監査法人、「DX推進サーベイ2026」を発表
4. 教育DX推進フォーラムで学習者主体のデータ活用を議論
概要
2025年度教育DX推進フォーラムが2026年3月7日に開催され、総務省・鹿児島市教育委員会・NIJIN・十文字学園・フィオレ・コネクションが登壇しました。フォーラムでは、PDS(Personal Data Store)を活用した学習者主体のデータ管理について活発な議論が交わされました。PDSとは、特定のプラットフォームに依存せず、学習者自身が自分の教育データを管理・活用できる仕組みのことです。学習者が生涯にわたり自分の学びの軌跡を日常的に振り返れる環境の実現が理想像として提示されました。また、学校と産業界の接続方法についても具体的な検討が行われ、学歴ではなく「何ができるか」で評価される社会への転換が示唆されました。不登校など学校に行きづらい子供への支援方法も議題に上り、教育格差是正のためのデータ活用が期待されています。個人情報保護と教育データ利活用の両立が重要テーマとして認識されました。
中小企業への影響
教育データを活用した採用手法の変化は、今後中小企業にも影響を及ぼす可能性があります。学歴よりもスキル・実績を重視する方向への転換が進めば、採用基準の見直しが必要になるでしょう。産業界との早期接続が進むことで、インターンシップや産学連携を通じて若手人材を獲得できるチャンスが広がります。また、社員教育・研修データの管理と活用に関しても示唆が得られます。リスキリングの成果をデータで可視化する仕組みは、社員の成長を支援する上で参考になるでしょう。教育サービスを提供する企業にとっては、PDSや教育DXの潮流は新たなビジネス機会となります。学習データを企業と共有し、就職活動でスキルの証明として活用する流れが広がれば、中小企業も優秀な人材を見つけやすくなる可能性があります。
経営者の視点
経営者として検討すべきアクションがあります。まず、採用基準を学歴中心からスキル・実績重視へ見直すことを検討しましょう。社員の学習データを管理・活用する仕組みを導入することで、適切な人材配置や育成計画の策定に役立てられます。教育機関やインターンシップを通じた若手人材との早期接点を強化することも有効です。データを取り扱う以上、セキュリティ体制の整備と個人情報の適切な保護は欠かせません。個別対応型の社員教育環境を構築し、教育テック企業との連携で最新の学習手法を取り入れることも検討に値します。ただし、教育データに含まれる個人情報の流出・漏洩リスクには十分な注意が必要です。また、特定のプラットフォームやベンダーへの過度な依存は避け、データ利活用における公平性・透明性の確保にも配慮することが求められます。
参考リンク
こどもとIT:総務省・鹿児島市教委・NIJINが教育DX推進フォーラムに登壇、学習者主体の教育データ活用を議論
5. 世界の製造DX最前線を紹介するセミナー「Industrial Transformation Day」開催
概要
「Industrial Transformation Day」が2026年3月13日にオンラインで開催されました。テーマは「AI技術と共生する次世代の製造業」で、生成AIの普及により製造DXが単なるデジタル化から自律化フェーズへ移行したという認識のもと、様々な議論が展開されました。登壇者には、欧州主導で進む製造業向けデータ共有の枠組み「Manufacturing-X」の関係者、世界経済フォーラム(WEF)、荏原製作所、コスモ石油、ブリヂストンが名を連ねました。WEFが認定する第四次産業革命をリードする先進的工場「グローバル・ライトハウス」からの集合知が共有され、匠の技をデジタルに継承し新たな価値へ昇華させる取り組みが紹介されました。人とAI技術が共存し、互いの強みを引き出し合う形へのシフトが進んでいること、そして現場の非構造化データが競争力を生む宝の山として認識され始めていることが報告されました。
中小企業への影響
製造DXのグローバルな潮流を把握し、自社の戦略に反映することが中小企業にも求められています。大企業の先進事例から具体的な実装方法を学ぶことは、自社のDX推進に有益です。非構造化データ(画像、音声、センサーデータなど)の活用は中小企業においても競争力の源泉になりえます。一方、サプライチェーン連携でのデータ共有が取引継続の条件になる可能性があり、大手企業の要請に応じてデータを提供できる体制を整えておく必要が出てくるかもしれません。Manufacturing-X等のエコシステムへの参加も将来的に検討課題となるでしょう。デジタルツイン(物理的な製品・設備の仮想モデルを作成しシミュレーションに活用する技術)の導入には相応の投資が必要であり、資金計画を慎重に立てることが重要です。
経営者の視点
経営者として取り組むべきことがいくつかあります。まず、グローバル視点と日本の現場力を兼ね備えた中長期戦略を策定することが重要です。先進企業のセミナーや事例発表に積極的に参加し、最新の知見を継続的に取得しましょう。自社が保有する非構造化データの棚卸しを行い、活用方法を検討することも有効です。サプライチェーンパートナーとのデータ連携について、早い段階で協議を始めておくことをお勧めします。AI導入に伴い、従業員の役割が変化する可能性があるため、役割の再定義とリスキリング計画を立てておく必要があります。デジタルツイン導入については、費用対効果を試算した上で投資判断を行いましょう。注意点として、AI導入時に現場人材の役割転換が円滑に進まないリスク、グローバルルールへの対応が遅れると取引機会を失うリスク、大企業との技術格差拡大による競争力低下の危険性があります。
参考リンク
Impress DX Cross:世界の製造DXの最前線が分かるセミナー「Industrial Transformation Day」開催
まとめ
今回取り上げた5本のニュースからは、DXが新たなフェーズに入りつつあることが読み取れます。荏原製作所の暗黙知形式知化プロジェクトと製造DXセミナーは、製造現場におけるAI活用が本格化していることを示しています。丸井グループのCTO新設は、大企業がデジタル人材を経営層に登用する動きを象徴しており、中小企業にとっても人材戦略を見直す契機となります。あずさ監査法人のサーベイは、DXの取り組みが広がる一方で本質的な変革には至っていない実態を明らかにしました。教育DXフォーラムは、学歴からスキル・実績重視への転換を示唆しており、採用や人材育成のあり方に影響を与える可能性があります。中小企業経営者の皆様には、これらの動向を踏まえ、自社のデータ基盤整備、人材育成、ガバナンス体制の構築に計画的に取り組まれることをお勧めします。

